高井たかし|次期衆議院選挙、民主党岡山1区公認予定者

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年末夜警

毎年、28、29、30日の3日間は、地域の消防団の皆さんが夜警をされる。

 

夜警は、地域ごと(概ね小学校区毎)に編成された「分団」単位で行われる。

 

午後8時から12時まで。

一部の分団では、昔からの名残で午前4時まで行うところもある。

 

「分団」は岡山市内に100近くあるため、3日間で全て回るのは不可能だ。

 

日ごろお付き合いのある分団を中心に、30箇所ほどの「分団」を激励に回らせてもらい、残りは高原県議、羽場市議、長井市議にうちのスタッフを連れて回ってもらった。

 

私もこの世界に入るまでは、消防団についてほとんど知識がなかった。

 

地域の皆さんがボランティアで行っているのが「消防団」だ。

公務員である消防署員で組織される「消防本部」とは、対等な関係であり、消防活動における「車の両輪」である。

 

地域毎に組織されているため、いざ火事というときに駆けつけるのは「消防団」の方が早いケースが多い。

 

しかし、「消防団」はボランティアであり、ほとんどの消防団員は普段は別の仕事をしている。

 

地域のためにボランティアで一生懸命に働く「消防団」の方には、本当に頭が下がる。

 

「消防団」には、今の日本社会に欠けている「大切なもの」を感じる。

「地域コミュニティー」「公共心」「助け合いの精神」といったものを。

 

そんな消防団の方々から、口々に今の政治に対する不満を聞かされた。

 

まったくもって、

 

申し訳ない。穴があったら入りたい。

 

そんな心境の3日間であった。

 

来年の夜警回りでは、胸を張って皆さんに報告できる、そんな1年にしよう。

 

そう決意を新たにする3日間でもあった。

2008年12月30日 | Permalink | Category : たたかい日記

やっぱり、骨抜き

「道路特定財源は一般財源化します。医師不足や環境対策など、生活者財源として活用します。」

 

今年の4月、当時の福田総理が記者会見した時、わが耳を疑った。

 

本当にやるのか?

 

でも、本当にやるのなら、これはすごいことだ。

 

街頭演説中に駅の電光掲示板で知り、その場でこう言ったことを覚えている。

 

「もし、本当ならばこれは画期的なことだ。あの小泉元総理でもできなかったことを、福田総理がやろうとしている。これは『ねじれ国会』最大の成果である。」

 

しかし、やっぱり・・・骨抜き。

 

閣議決定までされた政府の公約は、またしても空手形に終わろうとしている。

 

一時、「地方が自由に使えるお金」すなわち「地方交付税」と明言した麻生総理であるが、その後、道路族議員と国土交通省の巻き返しにあい、公共事業全般に使える「新たな交付金」と変わってしまった。

 

このうちの8割は道路に使うことが既に織り込み済みらしい。

 

あのときの福田総理の悲壮な決意は何だったのだろうか。。。

 

あの記者会見の後、内閣支持率や自民党支持率は回復した。

私ですら、本当にやるのなら、、、と福田総理や自民党を見直した。

 

もし、あの時解散総選挙を行っていたら、自民党は勝ったかもしれない。

 

でも、そんなに大事な公約が、今回のようにいとも簡単に「骨抜き」にされるとしたならば、有権者は何を信じて投票してよいかわからない。

 

今回の「骨抜き」は、まさに民主主義に対する裏切りである。

 

あれほど大見得を切って約束した公約を守ることができない政党には、もはや政権を担う資格はない。

 

次の選挙で我々は必ず引導を渡す。

 

2008年12月20日 | Permalink | Category : たたかい日記

母の誕生日

今日は母の62回目の誕生日。

 

母のことは過去2回この「たたかい日記」に書かせてもらった。

(2005年12月16日と2008年1月22日)

 

誕生日を二人だけでお祝いするのも寂しいと思い、新人スタッフ松田君のお母さんのお店「瑠璃長」でお祝いすることにした。

 

すると、いつもお世話になっている方々がいらっしゃり、ご一緒することに。

 

母は賑やか好きなので、すっかり楽しんでいる様子。

 

宴もたけなわになった頃、母と同い年の方が、

 

「お母さんは久保浩知ってますか?」

 

母:「知ってますよ。私ファンだったんです。甘いマスクの方ですよね。」

 

「岡山に久保浩のお店があるんですよ。この後行きませんか?」

 

母:「ええー。ホントですか!!」

 

ということで、一同、久保浩さんが経営するスナックへ。

 

久保浩さんは昭和39年「霧の中の少女」でデビュー。

当時、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の御三家と肩を並べるアイドルだったそうだ。

 

母は久保浩さんにバースデーソングを歌ってもらい、また、久保浩さんと「ふたりの大阪」をデュエットし、すっかり上機嫌であった。

 

母は今、毎日、自転車に乗って、一軒一軒まわってくれている。

 

街頭に立っていると、よく声をかけられる。

 

「この間お母さんが来てくれたよ。息子のために一生懸命じゃなあ。」

 

確実に「母のファン」が増えている。

 

「お母さんを見れば、あなたの人柄がわかるわ。」

 

そんな言葉をかけてくださる方もたくさんいる。

 

母の口ぐせは、

 

「あんたのためにやってるんじゃないわよ。私がやらなければ、あんたのことをこれほど応援してくださる方々に申し訳ないじゃない。」

 

母にはどれほど感謝していることか。

 

日ごろ言葉にはできていないが、この場を借りて言わせてください。

 

「お母さん、ありがとう。」

 

2008年12月16日 | Permalink | Category : たたかい日記

活動写真館①

高井たかし事務所です。

御存じの通り、様々な活動風景を撮影しております。

日頃の高井の活動の様子、ご覧ください!

 

街宣風景

 P1000395_512.jpgP1000604_512.jpg P1000391_512.jpgのサムネール画像

 

 

 

 

 

鳩山幹事長との駅前街宣

P1000561_512.jpg P1000562_800.jpg  

 

 

 

 

これからも定期的に活動写真をアップしてまいります!

2008年12月15日 | Permalink | Category : たたかい日記

一億総中流社会の復活

1970年代から80年代にかけての日本は「一億総中流社会」と言われた。

 

アメリカの大富豪のようなものすごい大金持ちもいないかわりに、大多数の国民は、自らを「中流」と考えていた。

 

しかし、バブル崩壊後の1990年代からは「格差社会」がはじまった。

この「格差」を決定づけたのは、2004年、小泉総理によって行われた派遣労働法の改悪である。

 

これにより「非正規労働者」が急増した。

 

企業は、景気の良い時は、その利益を、株主の配当、役員報酬、内部留保に回し、労働者への分配はほとんどなかった。

しかし、景気が悪くなると、真っ先に労働者が切り捨てられていく。

 

かつての「一億総中流社会」を支えたのは、わが国独特の「終身雇用制」であった。

 

「終身雇用制」の下では、労働者は「正社員」であり、簡単に解雇はできない。

その代わり、「正社員」は会社へ忠誠を誓い、馬車馬のように働いた。

また、会社は「株主」よりも「社員」のものとの意識が強く、社員教育に力を注いだ。

会社には家族にも似た一体感があった。

 

この日本独特の雇用形態は、1980年代にはすばらしい経営モデルとして賞賛され、欧米の大学ではこぞって研究し、また、多くの研究者が日本の大学に留学に来た。

 

ところが、バブル崩壊、そして小泉構造改革により、日本は大きく道を踏み外すことになる。

 

アメリカ型の経営形態、すなわち、「社員」よりも「株主」優先。

市場万能主義、競争至上主義の結果、全ては「利益」優先。

その結果が、労働者の非正規雇用化、そして「格差社会」の到来である。

 

私は、これからのわが国が目指すべき道は、「一億総中流社会」の復活ではないかと考えている。

 

派遣労働は禁止し、「終身雇用制」を復活させるべきだ。

かつて、欧米が賞賛した「日本型経営」を取り戻すべきだ。

 

バブル崩壊くらいで、道を踏み外してはいけなかったのだ。

 

過ちは改むるに憚ること無かれ

 

である。

2008年12月14日 | Permalink | Category : たたかい日記

小沢代表、高井事務所へ!

午前10時、事務所から電話が入る。

 

小沢代表が事務所に来てます! テレビカメラも!!

 

噂には聞いていた、民主党小沢代表の「抜き打ち訪問」。

ついにうちの事務所にも来た。

 

かつて、新人候補の事務所を抜き打ち訪問した小沢代表が、候補者が事務所に居たことに腹を立て、

 

「候補者は外を歩け!」

 

と一喝した、とニュースで見たことがある。

 

午前10時といえば、いつもは朝街宣を終え、事務所で日中の訪問活動の準備をしている時間帯だ。

しかし、今日は虫の知らせか、いつもより早く事務所を出ていた。

 

「事務所に居なくてよかった」

 

というのが正直な感想。

 

事務所では、母やスタッフ、ボランティアの方々がチラシ作りの作業中だったとのこと。

小沢代表からの叱咤激励を受け、一同感激していたらしい。

特に母は涙まで流していたとのこと。

 

確かに、夜テレビのニュースを見たが、母は感極まった様子で小沢代表の言葉を聞き入っていた。

 

その後、母は自分もここに居ては怒られると思ったようで、小沢代表を放っておいて、

 

「私もこれから訪問活動に出かけるところなんです。いってきます!」

 

と言って、小沢代表から

 

「いってらっしゃい」

 

などと言われて見送られるシーンまでニュースで流れていた。

 

小沢代表の激励訪問の効果はかなりあった。

 

「必ず勝とう!」

 

高揚したメールや電話をいくつもいただいた。

 

もちろん、私も嬉しかった。

 

そして決意を新たにすることができた。

 

さすが、小沢代表である。

2008年12月 9日 | Permalink | Category : たたかい日記

感謝、感謝、感謝

10月4日に新事務所を開設して2ヶ月が過ぎた。

 

当初、10月26日衆議院選挙との説が有力で、それにあわせて選挙用として新事務所を借りた。

 

しかし、その後、解散は延び延びになり、今やいつ選挙があるか全くわからない状況だ。

 

来春以降との説が有力だが、しかし、1月(又は2月)総選挙の可能性だって十分ある。今、事務所を閉めるわけにはいかない。

しかし、事務所を何ヶ月も維持するほどの軍資金はない。

 

そんな厳しい台所事情を心配してくれた支援者の皆様が、バザーを開催してくれることになった。

 

普段から、私の活動を支えてくださるボランティアの方々が中心となって、連日連夜準備してくださったおかげで、事務所に入りきらないくらいの品物が集まった。

 

また、遠く北海道や東京からも品物が届けられた。

 

そして、いつも事務所を切り盛りしてくださるご婦人方が中心となって、手作りのコースターやポーチ、飾り物や、豚汁、山菜おこわ、お赤飯、たこめし、おしるこ、甘酒、みそ田楽、漬け物、ケーキ、クッキーなどお料理の数々が提供された。

 

新米や産地直送の野菜なども提供していただいた。

 

バザー当日は、この冬一番の寒さとなったが、ご近所から、また遠方からも多くの方にお越しいただいた。

 

あれほどあった品物がほとんど売り切れた。

 

集まった浄財は、予想をはるかに上回る金額となった。

 

劇寒の中バザーに来てくださった方、品物を提供してくださった方、そして何よりこのバザーを企画し、連日連夜遅くまで準備をしてくださった方々。

 

ありがとうございます。

 

すごい人たちに支えられて活動を続けているんだなあ。。。

 

そして、この浄財は決して無駄にしてはいけない!!!

 

そう決意を新たにした一日でした。

 

皆さん、本当にありがとうございます。

これからも宜しくお願いいたします。

 

 

2008年12月 6日 | Permalink | Category : たたかい日記

昇格

 

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ついにやりました!

 

本日、ファジアーノ岡山のJ2昇格が決定しました。

 

昨日の最終戦は、富山まで応援に行ってきました。

 

早朝4時半集合でバス6台に乗り込み、帰ってきたのは深夜0時でした。

富山の滞在時間は4時間で、残り15時間はバスの中という強行日程でしたが、行って本当に良かったです。

 

この大事な時期に?

 

という声も聞こえてきますが、私は3年前岡山市長選挙に敗れたときに、

 

公約に掲げた

 

「岡山にJリーグチームを誕生させます!」

 

の実現、すなわち、

 

「ファジアーノ岡山を応援すること」

 

はライフワークだと決めました。

 

この大事な試合だけは、どうしても応援に行かないわけにはまいりません。

 

雨が降りしきる中、アウェーに乗り込んだファジサポは、ホームのサポーターを圧倒する声援を送り続けました。

 

しかし、結果は1対1。

 

「これで終わった。。。」

 

そう思った次の瞬間、

 

「鳥取が負けたぞ」

 

スタンドのあちこちから声が聞こえてきました。

 

そして、選手達がこぶしを挙げ、グランドに倒れこみ、皆が喜んでいる。

 

「ああ、J2に上がれるんだ」

 

そう思うと、これまでの3年間応援してきたシーンが走馬灯のようによみがえり、涙がこみ上げてきました。

 

木村社長が泣きながら、岡本応援団長に握手を求めに来ました。

 

木村社長が真っ先にやってきたのは、選手でも監督でもなく、サポーターでした。

 

そして我々サポーターもお互い抱き合い、涙を流しながら、喜びを分かち合いました。

 

J2昇格には、JFL4位以内という条件以外に、財務面や地域の支援等の要素があり、JFL1年目のファジアーノ昇格は難しいと言われてきました。

 

この艱難を乗り越えた木村社長をはじめフロントの皆さんに心から感謝いたします。

 

しかし、これからが本当の勝負です。

 

今は一人のサポーターとして、応援に行くことしかできませんが、いずれ必ずファジアーノのJ1昇格に向けて、大きな力となることを誓います。

 

今は、選手、監督、スタッフ、社長、そして、サポーターの皆さんにただただ感謝するばかりです。

 

本当にありがとう!

 

そして、これからも「郷土岡山の誇り」のために頑張りましょう!!!

2008年12月 1日 | Permalink | Category : たたかい日記

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