高井たかし|次期衆議院選挙、民主党岡山1区公認予定者

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何か違うぞ、夕張再建

巨額の財政赤字を抱えて破綻した北海道夕張市が、財政再建団体の指定を国に申請した。

 

3月上旬にも指定が決まる見通しで、1992年の福岡県赤池町以来となる。

夕張市は、来年度から18年間かけて353億円の赤字を返済してゆく。

夕張市の人口は約1万3千人だから、一人当たりの返済額は272万円になる。

その再建計画は、住民にとって「血も涙もない」ものだ。

市民税や固定資産税は軒並み引き上げられる。
子ども二人を抱えた年収400万円の40代夫婦の場合で、年間17万円も値上がりする計算だ。
下水道料金は倍近くに値上がりし、ゴミ収集も有料化、障がい者に対する扶助費も減らされる。
人口の40%を占める高齢者に対しても、しわ寄せは深刻で、バスの敬老パスや、ホームヘルパーの派遣事業なども廃止される。
現在11ある小中学校は2校へ統廃合され、図書館、美術館、市営球場などの文化スポーツ施設は閉鎖、公衆トイレも無くなる。豪雪地帯なのに、道路の除雪回数も減らされる。
270名の市職員は半数以下に減らされた上、給与も平均30%カットである。

こんな町に誰が住み続けたいと思うだろうか。

既にこの半年で300名が夕張を離れたそうだ。
昭和35年に116,000人だった人口は、現在は8分の1の14,000人。
再建が完了する18年後には7,300人になる見通しであるが、この再建計画ではもっと少なくなるだろう。

借金だけ残って、住民は誰もいなくなった

そんな状況を作り出して、果たして「行政」と言えるのか!

このような計画を押し付けた、国(霞ヶ関)の見識を疑う。
ここにも、未だに残る中央集権体制の、霞ヶ関の「驕り」を感じずにはいられない。

地方自治とは何なのか?
行政とは何なのか??
政治とは何なのか???

市民を切り捨てることは簡単だ。しかし、それが政治や行政の仕事なのか!?

確かに、赤字を粉飾した決算を続けた夕張市の責任は重い。
これをチェックできなかった議会、そしてその市議会議員や市長を選んだ市民にも責任はある。
しかし、国(霞ヶ関)も見抜けなかった粉飾決算を、市民が見抜けといっても、今の情報公開のレベルでは到底無理である。

自治体は企業ではない。
市民(国民)の生命(生活)に責任を負う自治体(行政)は、企業のように倒産するわけにはいかないのだ。

時の為政者に対して責任を追及しても、市民に責任を転嫁するのは筋違いである。

現在の夕張市は、全国的、全世界的に注目を浴びている。
映画「ロッキー」のシルベスター・スターローンまでもが、夕張のことを心配してくれている。

夕張はもともと観光資源にも恵まれた、ポテンシャルの高い町だ。

国際映画祭を17年も開催し続け、わが国唯一の石炭博物館を持ち、夕張メロンはわが国を代表する高級フルーツだ。
スキー場は、JR駅に隣接し、新千歳空港から一番近いスキー場である。

こうした資源を有効に活用し、自治体自らが経営感覚、ビジネス感覚を持って事業を展開してゆけば、このような悲惨な計画を市民に押し付けなくても十分に再建は可能である。
「切って切って切りまくる」後ろ向きの再建計画ではなく、一刻も早く前向きな、希望の持てる再建計画を作るべきである。

今年生まれた赤ちゃんが、高校を卒業する(18歳になる)まで、このような悲惨な計画を押し付けられる。そんな町に誰が住みたいと思うだろうか。

国も、北海道も、夕張市も、5年で再建するくらいの気迫で事業に取り組んでほしい。
職員を半数も辞めさせて、意気消沈した市役所になって、どうして再建などできようか?

25万円の給与が不満なのか、巨額の借金を負った市の市長が嫌なのか、寂しいことに市長のなり手がいないらしい。
(市長給与は65万円から25万円に減額される。市の係長相当の給与だそうだ。)

このような自治体こそ、どこよりもやりがいのある市長だと思うのだが。。。

私も、体がもう一つあったら、夕張市長をやりたい。

2007年2月22日 | Permalink | Category : たたかい日記

西大寺裸祭り

2月の第三土曜日。

日本三大奇祭の一つ、「西大寺裸祭り」の日だ。

今年で6年連続6回目の参加となる。

今年は雨の降る最悪のコンディション。

雪にはならないから気温は高いのだろうが、冬の真夜中に、雨が肌に当たるのは想像以上に冷たい。

特に、今年は運悪く境内の屋根のちょうど真下に入ってしまい、屋根から落ちる大量の雨水が体に当たって、本当に冷たかった。

今年も例年のごとく、途中4、5回ほど押しくらまんじゅうが中断され、けが人が運び出された。

しかし、宝木投下の午前0時前後に、誰にも気づかれずに下敷きになってしまった方が、今年お亡くなりになった。

毎年、誰か死ぬんじゃないかと心配していたが、ついに現実になってしまった。

20年ぶりだというが、本当に亡くなった方には心からお悔やみを申し上げたい。

今年は、昨年に続き、数十年の伝統を持ち、過去何度も本宝木を獲得してきた坂田グループ(政田グループ)から出させてもらった。

通常、3名一組でチームを組んで闘うのだが、今年は、長井君、戎君と私の3名でチームを組んで参加した。

最前列を長井君、真ん中を戎君、最後尾を私。

午前0時の宝木投下後、5分程経過した頃、渦の中でもみ合ううちに、いつの間にか先頭をゆく長井君がものすごい争奪戦に巻き込まれた。

体重100kgはあろうかという大男が長井君の上にのしかかり長井君を羽交い絞めにしている。

このやろう!

と思い、手を伸ばすが、間に戎君がいるため、助けることができない。

この時、長井君は本宝木を握っていたそうだ。

確かに、強烈なお香のにおいが立ち込めていた。

あの渦の中の、殺気立った争奪戦は、きっと本宝木だったに違いない。

結局、今年も宝木を獲るどころか、触ることすらできなかった。

昨年は、坂田グループが本宝木を獲ったため、商工会議所への奉納や、観音院での福受け式にも「裸」として参列できたのだが、今年はチームも誰も取ることができず、早々の退散となった。

宝木は取れなかったが、「今年も参加し、無事に帰ってきた」という何とも言えない充実感に浸ることはできた。

「来年こそ必ず獲るぞ!」

沸々と闘志が湧いてきた。

2007年2月17日 | Permalink | Category : たたかい日記

NPOフォーラム

この1年間、いろいろなNPO活動に参加してきた。

NPOについて体系的に勉強したわけではないが、直感的に、21世紀の日本社会の在り方を変えてゆくのはNPOである。

そんな予感がするので、いろいろなNPOに顔を出してきた。

今日はその漠然とした予感が、はっきりと形になった一日だった。

若手社会人と学生を中心に結成した勉強会「ホッと☆サンドウィッチ」の主催により、富野輝一郎龍谷大学教授をお招きして、NPOフォーラムを開催した。

富野先生は、米軍住宅建設反対の市民運動から、40歳の若さで神奈川県逗子市の市長となった方で、現在は龍谷大学教授で、NPO活動をはじめ市民活動の分野では、権威の先生である。

今日の会には、連合岡山の方々にも数多く参加いただいた。

連合中央本部では、これまでの労働運動を市民運動へ転換してゆこう、という動きがあり、そんな動きをいち早く取り入れようという先進的な活動を続ける連合岡山地域協議会やサービス流通連合の皆さんにご参加いただいた。

富野先生も、こうした連合の動きは、「歴史的な変革であり、画期的なことだ」と高く評価されていた。

シンポジウムのパネリストには、

・食と農を中心に環境問題に取り組む「エコウェーブおかやま」代表の高瀬喜与江さん、

・倉敷の街並みを保存しようという活動を続ける「倉敷町屋トラスト」代表理事であり、「倉敷まちづくりネットワーク」代表世話人の中村泰典さん、

・県庁職員でありながら、岡山を「住みやすいまちから、住みたくなるまち」へ変えるための活動を、若手社会人と学生を中心に進める「SPOxT」代表の石田篤史さん、の3名をお迎えした。

コーディネータは、不肖、高井たかしが務めた。

富野先生のお話はとても刺激的でエキサイティングであった。

日本では、阪神大震災以来活発となっているNPO活動であるが、この活動は、実は、わが国の歴史上、「明治維新」、「第二次世界大戦」に続く、第三の大変革なのだ、と富野先生は言う。

NPO活動の元祖はアメリカである。

開拓の時代から、政府に力が無かったアメリカでは、市民自らが社会インフラを整備してゆかなければならなった。

したがって、市民間のボランティアによる相互扶助の精神が培われ、今でもほとんどの国民が何らかのNPO活動に参加していると言われる。

NPO活動への寄付金の額は、日本の国家予算に相当する80兆円にものぼり、個人が何兆円も寄付をする、そんなお国柄だ。
ちなみに、日本人のNPO活動に対する寄付金の額は、アメリカの3%に満たないと言われている。

しかし、日本にも、江戸時代には、NPO活動に似た活動があったという。

大阪の「淀屋橋」は大阪商人の淀屋辰五郎が建設したものだ。

「道頓堀」も、江戸中心である江戸幕府には期待できないため、大阪商人たちがお金を出し合い建設したインフラだ。

この頃は、政府ではなく、市民(商人)が公共事業を行っていたのだ。

しかし、明治維新以降、中央集権国家となった日本は、全てのインフラ整備を政府が担うようになった。

この流れは、第二次世界大戦後も続き、公共サービスは行政により提供されるのが当たり前となった。

しかし、バブルが崩壊し、わが国の国家財政が破綻の危機に瀕している今、国家(行政)が公共的な仕事を一手に引き受けてきたこれまでの仕組みは限界に達している。

これからは、市民(NPO)が行政に代わり、公共的な仕事の一部を担ってゆかなければならない。

そのためには、現在のボランティアのみに依存するNPO活動ではなく、財政的にも人的にもしっかりしたNPOを作る必要がある。

アメリカではNPOスタッフは有給が当たり前で、大学卒の10人に1人はNPOスタッフになると言われる。

ハーバード大学を優秀な成績で卒業した若者が、年収1000万円のNPOスタッフを目指すのだ。

一方、日本では、NPOの常勤スタッフの平均は1.3人。

スタッフの平均年収は200万円以下である。

「公共」の「公」は行政が、「共」は市民(NPO)が担うべきである。

先生が最後に言ったこの言葉は、まさに正鵠を得ており、目から鱗が落ちる言葉であった。

行政は、言葉だけの「協働」ではなく、真の意味での、市民(NPO)との「協働」を実現しなければならない。

2007年2月 3日 | Permalink | Category : たたかい日記

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